「平ケ岳」登山記録

期間:平成20年9月12日〜14日



                                          梁山泊倶楽部宮本(記)



9月12日(金)

参加メンバー3名が爺宅に集合、久しぶりのテント山行に出発した。2週間も続いた風邪がまだ抜けきらないので「爺」は少し運転しただけで仮眠させてもらった。

当会の精鋭である「トノ」と「ウエサマ」の二人が交代で桧枝岐村を過ぎて尾瀬御池まで運転した。

尾瀬御池の便所を使用させてもらい、最後は爺の運転で鷹ノ巣の平ケ岳登山口に到着した。

鷹ノ巣の国道標識

<行程時間>
水戸(20:30)⇒鷹ノ巣登山口(9/13 AM1:30着)仮眠


9月13日(土)

鷹ノ巣登山口で車中仮眠をとり、テントや食糧などを分担して、いよいよ登山を開始する。その前に「登山届」をポストに投函した。駐車場も20年前(昭和63年)の3台程度のスペースから、現在は20〜30台くらいの駐車場に様相を一変していた。さらに、移動式の便所も一つ置かれ、かつて周囲の林に糞便を撒き散らしていた光景は見られなくなった。

鷹ノ巣の便所

今日の参加者3名は重量級のザックを背に、鎖で閉鎖された林道に入り小沢を渉り、山中の登山口へ到着した。これからが本当の平ケ岳登山の開始である。

登山口の看板

登山口から樹間の道を辿り少しずつ高度を上げていく。いくらも歩かないうちに、爺は風邪が治りきっていないためか、不摂生の祟りか計り知れないが、“脚の痙攣”が始まり、幾度と無くザックを降ろしてはバンテリンを塗り、太腿をマッサージした。台倉の裸尾根を脚を引き引き進みながら同行者や周囲の風景をビデオ撮影する。

前坂の看板のある松の木では、もう前進は無理かと考えながらもマッサージした。前坂はその名のとおり、キツイキツイ急な坂であった。過去に二度往復したことのある箇所であるにも関わらず、今回は最後に登る「平ケ岳」と念じつつ、数歩進んでは脚つりでザックを降ろしてマッサージの繰り返しであった。

下台倉山直下のちょっとした岩場では、同行のトノとウエサマの二人から、「ここから下山して桧枝岐の温泉民宿に泊まりましょう」の声を掛けられてしまった。しかし、この脚を引きずって下山することは無論不可能であったので、「幕営できる場所まで行って宴会をやろう」と提案した。20年前の弟との山行では『白沢清水』幕営で山頂往復、10年前(平成10年)には『台倉清水』幕営で宴会の翌日に天候不順で下山している。

爺は、下台倉山まではなんとか休み休み登ったので、「可能なら台倉清水で炊事用と翌日の山頂往復の飲み水を汲んで、白沢清水まで進もう」と提案した。脚つりの当人が言い出したのだから、同行の二人は、嫌も応もないわけである。

下台倉山へ来れば、台倉山、台倉清水、そして白沢清水までは急な坂も少ないし、何とかなるだろうと判断した次第である。

台倉の裸尾根

台倉山は山頂標識もなく、ただ三角点の御影石標柱があるのみだ。この場所は尾根の縁にあたり、テントの張れる場所もあったが、水場がない。さらに15分ほど進むと台倉清水の鬱蒼とした場所に到着した。10年前には雨の降る中、ここに大型テントを張って宴会をしたものだ。地図上には「幕営禁止」の表示がある。水場の上部にあたり、糞便が飲み水を汚すからであろう。前回も近くでの用便などを禁じて幕営したものだ。重量ザックを背負って鷹ノ巣からの“正攻法”登山の場合に途中では、台倉山山頂、台倉清水、白沢清水だけが幕営可能地である。この先では、池ノ岳直下登山道脇の平坦な草地(あまり好ましくない)、姫ノ池畔の木製休憩地(2張)、平ケ岳の幕営地(水場脇の木製幕営地4張)、平ケ岳山頂三角点脇の平地(1張)が幕営可能地である。

台倉清水

台倉清水にて各自の飲み水(2リットル×3名)とは別に炊事用の水(2リットル×3名)を背負って、白沢清水まできた。白沢清水は20年前の枡の中にコンコンと湧いていた形ではなく、周囲は木道などで整備されているが、水は少しずつ湧いて、流れている感じであった。飲んでみたが、雑味感もなく今宵と翌朝の山頂ピストンで飲み水として使用した。もっとも、前日に降った雨が染み出てきていたようにも思える。真夏などの渇水時に、ここの水を充てにすることはやめたほうがよい。

水場上部の植物

白沢清水より50〜60メートル進んだ左側空き地に幕営した。実際は、もう少し先にジメジメしたところでなく、小広いところがあればいいなー!と少し前進したが、爺の脚つりがまたもや始まり、引き返してテント設営したのだ。ウエサマとトノが夕食の準備をしてくれ、爺は脚のマッサージに専念することができた。毎度の宴の後、明日の頂上ピストンのために早めに就寝したことは言うまでもない。夜間に相当量の雨がふったようだ。

白沢清水のテント

<行程時間>
鷹ノ巣登山口(5:55)・・〔1:00〕・{登山口(6:15)}・・前坂(7:04-10)・・〔1:10〕・・下台倉山(9:35-40)・・〔0:50〕・・台倉山(10:55-11:05)・・〔1:00〕・{台倉清水(11:20-30)}・・白沢清水(13:00)・・前進するも“脚つり”で退却・・白沢清水(13:30)テント設営(16:30夕食準備、19:00就寝


9月14日(土)

いよいよ最終行動日である。起床は午前3時と決めて、昨夜の就寝前にトノに目覚ましをセットしてもらった。・・・・・が、しかし、「もう朝じゃないの!」というウエサマの声で、皆、寝袋から飛び出した。既に3時30分であった。朝はラーメン餅を食べてから4時出発の予定だったのに・・・・。仕方が無い、皆が寝過ごしてしまったのだから。ラーメンを作るのをやめて、昨夜のうちにボイルしておいた昼食用の赤飯と行動食をサブザックに入れて、予定どおり4時に白沢清水のテント場を出発した。幸い雨は上がっていたが、草木が濡れていることから雨具の上下を着てゆくことにした。もっとも、シャツだけでは寒いので雨具をつけて丁度いい具合であった。

20年前の登山道は長靴が必要なくらい泥濘であったが、現在はかなりの部分に木道が敷かれ、登山靴やトレッキングシューズで十分歩けるようになっていた。ヘッドランプの灯りを頼りに、昨夜の雨滴で濡れる道を前進する。池ノ岳が近づくにつれて、登行の角度は急になり、皆の息も上がってくる。爺は昨日の脚つりが始まらないかと、気が気ではなかった。なんとか、イチロー選手の腰回し運動をしながら、ランプの明かりで歩む二人や夜明けまじかの山なみをビデオ撮影しながら進んだ。

池ノ岳は尾根に上がったところだと思うが標識などはない。ここからの眺めは最高だ。遠くに平ケ岳が丸くたおやかな姿を見せてくれた。左の山の切れ目には下から湧いてくる雲が、あとからあとから吹き上がっている。さらに左に眼を転じると、尾瀬の「至仏山」さらにパンすると頂稜が二つに分かれて鋭角な「燧ケ岳」が雲海上に聳えている。

燧ケ岳遠望

見晴るかす山々を堪能したらシラビの林を抜けて「姫ノ池」である。私は一度目も思ったが、今度も、ここからの眺めが“天上の楽園”だと信じている。眼前に池溏、そして、遥か彼方に「平ケ岳」は鎮座している。ここで、時間をとって写真を撮影し、感動の声を上げることにした。木製の展望台はテント場としても可能であろうし、池溏の水もほかに無ければ飲むことも可能だ。煮沸すればなおさら結構である。

姫ノ池の池溏

いよいよ姫ノ池を後にして平ケ岳へ向かう。背の低いシラビのトンネル上の林を進む。樹間よりめざす平ケ岳の丸い尾根が見え隠れする。段差のあるところは木製階段がつけられ、木道なども整備されている。昔の登山道と比較すると隔世の感である。姫ノ池の近くにも玉子石、水場(1キロメートル)の分岐があり、先に進んで平ケ岳下部にも玉子石(1キロメートル)、水場(0.1キロメートル)の分岐がある。

姫ノ池より平ケ岳


平ケ岳の頂稜部の台地に上がった。新しい木道が敷き詰められ、我々を頂上へ導いてくれる。ここではもう草紅葉が始まり、一部赤く色づき始めた木々も少しばかり観賞できた。平ケ岳山頂三角点は周囲を小潅木に囲まれて標柱と三角点があった。三角点の付近は登山者が踏み固めた裸地で、テント1〜2張程度は幕営可能だ。下のテント場が一杯の場合はここに泊まる以外にないだろう。またまた20年前との比較だが、以前はもう少し周囲が見える程度の潅木の高さであったと記憶している。仲間3人で交代で記念写真を撮ったうえ、少し先の展望台(木道終点)までいくことにした。この付近には小さな池溏があり、またまたビューポイントであることから、遠くの山々と池溏、チングルマの花が終わったヒゲなどを楽しみながら撮影した。木道末端にはゴミが少し落ちていたので、環境省「自然公園指導員」振りを発揮してゴミ拾いをした。朝食を食べるために頂上三角点まで戻り、木道に腰をかけて赤飯を食べた。この時点ではまだ他の登山者とは出会っていない。ということは、昨夜この山中に幕営したのは、私たちのパーテーのみであったということだろう。

平ケ岳山頂三角点

まだ1回もお眼にかかったことのない「玉子石」へ行くことに決定し、今来た登山道を分岐まで戻る。分岐から100メートル足らずで「水場」「テント場」が現れる。水は煮沸して飲むようにガイドに書かれているが、やはり幕営者の糞尿が混じるせいだろう。水を汲んで飲んでみたが、極めておいしく飲んで、帰り用に水筒に満たした。

玉子石への登山道

この辺から秋の花が咲いており、とくにリンドウの紫が草紅葉によく映えている。姫ノ池方面分岐を分けてさらに進むと、玉子石方面が見渡せる小高いところに出る。この辺りからディパックや小さなザックを肩にした人たちがたくさん目に付くようになってきた。いずれも中ノ岐川を遡行する中ノ岐林道を、地元の民宿が営業するマイクロバスで裏口入学したハイカーである。どのグループも20〜30人単位で、高年齢者がとくに多いように感じられる。行き会ってもあまり挨拶もせず、木道上でタバコを吸うなど、マナーがあまりよろしくないメンバーと見て取れる。

ハクサンフウロ

玉子石に到着すると、目の前の大石の上には、お手軽ハイカー軍団が居座り、「玉子石には近寄るな!」の看板があるにも関わらず、石を背にして食事するなどしている。玉子石と背景の池溏を撮影しようと思っても、これらの人たちがいつまでも居座っているために、なかなか写真が撮れなかった。その後も、続々と集団ハイカーが玉子石近くの林道からの登山道を登ってきた。我々と異なり、靴はきれいだし、ズボンも汚れず、疲れた表情を見せている人はいない。バスを降りてから2時間30分くらいで来れる手軽さだからであろう。玉子石を後にして木道を引き返すときにも、先頭を歩いている案内人またはリーダーと思しき人物が、「木道をはずして草地の中を歩いていいですよ!」と指導している。自然公園指導員の私は思わず反応して「ダメですよ、木道を外さずに歩いてください」と反論した次第である。確かに「木道」がくまなく敷かれ、歩きやすくなったにしても、裏口入学ハイキングで2時間30分で平ケ岳の頂稜部へ到達してしまうようでは、“登ったという感動は半減”してしまうだろうし、そうでなくとも昔の湿原が殆んど消滅してしまった平ケ岳山頂部の池溏(湿原)がますます損壊の一途を辿ることは眼に見えている。長い時間をかけて登らないといけない山があってもいいように思うが、経済優先のこの時代にあっては望むべくもないことでもあろう。

玉子石

さて、玉子石から姫ノ池を目指し木道を戻る。姫ノ池下部の分岐から池に出て、来たときと異なる日の光を得て、また写真撮影をした。遠くの平ケ岳、池溏の水、草紅葉が日に映えてキラキラと光っている。朝日が射す前の色とはまた異なった趣である。

池ノ岳から平ケ岳を振り返り、尾瀬の山々を眺望しながら、鷹ノ巣より入山した登山者が続々と登ってくる様子を俯瞰する。8時40分に池ノ岳到着ということは、一体何時に登山口を出発したのだろうか。もっとも、日帰りならサブザックでいいので、健脚なら速いはずだ。お互いの健闘を称えながら挨拶を交わす。

池ノ岳より平ケ岳へ


白沢清水のテント場へ戻る。太陽が昇ってきたので相当に暑くなった。雨具の上下を脱いで、さあ出発だ。急な坂道を下り、1時間かけてテントへ戻った。テント撤収をしながらラーメンをつくり、餅を入れて帰りのエネルギー補給を行った。

台倉の尾根とトノ


テント場を出発するころにも登山者が次々とすれ違い、そのたびに、労いとテント場や水場の情報を伝えた。幸い、帰りには爺の脚つりもなく、なんとか下山することができた。それにしても、裏口登山して下山のみ鷹ノ巣口へ下りる、小さなザックのメンバーに次々と追い越されてしまい、多少いまいましさが残った次第である。

<行程時間>
起床(03:30) 白沢清水(04:00)・・〔1:10〕・{池ノ岳(05:30)}・{姫ノ池(05:35-50)}・{水場・テント場分岐(06:00)}・平ケ岳山頂三角点(06:23)・・・〔0:05〕・・山頂展望台(06:30)・・〔0;05〕・・平ケ岳山頂三角点(06:45-55)・・水場・テント場(07:22-25)・・玉子石・姫ノ池分岐(07:30)・・玉子石(07:50-08:10)・・姫ノ池(08:34)・・〔0:40〕・池ノ岳(08:42-50)・白沢清水/テント場(09:40-10:35)ラーメン食事・テント撤収・・〔0:50〕・{台倉清水(11:23)}・台倉山(11:45-50)・・〔0:35〕・・下台倉山(13:00-05)・・〔0:45〕・・前坂(14:13-20)・・〔0:40〕・{登山口(14:50-55)}・鷹ノ巣登山口(15:12)



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