もののけの森 屋久島(宮之浦岳1,935m)

期間:2010年5月13日~16日



報告:渡辺

 朝早い出立と長旅の疲れから種子島経由屋久島行きのジェットフォイルでは、ダダッという

振動が心地よい眠りを誘い、目が覚めた頃には薄暮の海上に黒々とした島影がみえた。


 「明るい紺碧の海上に密林の島が浮いているという それだけでも自然不思議さである背の

 高い島がみえた ゆきこは小さな目を瞠り暫くその島をじっと眺めていた 無人島のようだ」


 林芙美子の「浮雲」の抜粋であるが、屋久島の第一印象が刷り込まれた文章である。


船は、薄暮の安房の港に入った。


屋久島は東西約28キロ、南北約24キロ、周囲百キロでプレートが隆起した花崗岩の一枚岩

の島である。


海岸線にそって僅かな平野部があるが一歩内陸部に入ると山また山である。島をめぐる周回

道路がある。しかし一ヶ所狭い所があって、大型車は通行できない。人口は約1万4千人、少子

高齢化が進んでいるが本土からの移入が多く人口は横ばいと言う。観光が主たる産業でガイド

は登録されている数は2百人前後、うち8割が外から移入したガイドである。


今宵の宿は浮雲を執筆した旧安房旅館のホテル屋久島山荘である。


 クラブツーリズム募集の山行である。メンバーは14名、鹿児島で加わった大阪人と我々の男

は3人、あとは女性、最高齢78歳(女性)。ほとんどが六十代後半である。


 いよいよ宮之浦岳の山行である。


 5月14日 ホテル午前4時45分出発、現地ガイド2名が付く。1時間ばかりの車に揺られ淀川

(よどご)入口に着く。5時45分宮之浦岳の第一歩を踏み出す。最初から急な木段である。


シキミと白いちいさな花をつけたハイノキの低木、モミやツガ、屋久杉の混じった樹林帯をくぐり

アップダウンを繰り返し、6時35分 標高1400mの淀川小屋に着く。


「屋久島は月のうち35日は雨、耳のなかにも振込んで走るような雨には何か懲罰的な意味を感

じる」と、林芙美子は屋久島の特徴を描写している。雨が多く日照時間が足らないので巨木に

はコケが生え、そこにいろいろな植物が着生している。コケは抗生物質を有していることから栄

養分の少ない地表より着生のほうが成長しやすいという。


 屋久島杉は、標高1300から1400mに育つといわれ、直径が1.6メートル以上をいい、それ以下

の杉はすべて自生杉という。淀川のつり橋を渡り、木の根っ子が露出した登山道や木段の上り

下りを繰り返し、高盤岳(1711m)展望所に着く。


世にも不思議な景色である。大きな石が山のテッペンに鎮座し、鋭利な刃物でスパッと切られ

た格好で「トーフ岩」という。今ならさしずめ「フランスパン」とでも名付けたかも知れない。   


小花之江(こはなのえごう)河を過ぎ、ひとしきり下ると林の中に視界が広がる花之江河に出る。


8時25分。ここは屋久杉の枯存木や老木が湿原に映り、山の上の庭園を思わせる。日本最南

端の高層(幾重にも重なる)湿原である。湿原越しに黒味岳が山容をみせる。山腹には遠目に

も鮮やかなヤクシマミツバツツジが咲き乱れている。


宮之浦岳への登山道は、標高差575mと楽そうに感じるが道程は8キロ超もある。尾根あるきが

少なく山塊をくねくねと経吊り高度をあげるからである。


木道を暫く行くと黒味岳への分岐に出て、左に見送り森林限界を過ぎると視界が広がる投石平

に出る。9時25分。投石平は大きな一枚岩や大石が転がり展望はよい。


行く手に先の尖がった島内第2の永田岳(1886m)が左手に、ややなだらかな宮之浦岳が右手

に姿をみせる。ミツバツツジが咲き石楠花が堅い蕾をちょろっと開きはじめている。コケスミレ、

ヤクシマショウジョウバカマ、コバナカタバミなどが目を楽しませてくれる。


 投石岳(1830)の南西面を巻いて森林限界を過ぎると、ヤクササと石楠花が全山を覆う。

更に、安房岳(1847)、爺岳(1860)の山腹を巻きながら高度を上げて行くと、栗生岳の急登に

かかる。息を切らし栗生岳のピークに出ると大きな石が2つ並びひとつには祠が祭られている。

11時15分。ここから最後の登りとなる。ササと石楠花の原野をほほまっすぐ登ると宮之浦岳の

ピークに11時40分到着する。


6時間の登りで少々バテもしたが、頂上を極めたものにしか分らない満足感でいっぱいである。

2年越しの宮之浦岳、雲が張って眺望はなかったが、いろいろな高山植物を鑑賞でき、ヤクシ

カにも出会えた。宮之浦岳は双耳峰で三角点のあるほうが本峰であるが、片方には名がないと

いう。


宮之浦岳は北側(縄文杉のある)が亜寒帯で冬にはメートル級の積雪があるという。今年も1メ

ートル以上の積雪があり、3月にも遅い積雪があった。


 屋久島は島全体が神様みたいなもんで集落がそれぞれに信仰する山を持っている。


宮之浦集落は宮之浦岳、永田は永田岳、安房は安房岳、栗生は栗生岳という次第である。


 正午北側を回って山頂を下りる。永田岳を左手前方に見やりながらヤクササと石楠花の林を

急降下すると、永田岳との分岐である焼野三叉路に出る。焼野三叉路からは尾根らしき道をた

どる。




ヤクササ帯を暫く行くと平石岩屋の展望台に着く。12時30分




 ここから短い岩場をいくつかこなし高度を下げて行くと、杉の老木や石楠花の林に入り暫く行く

と前方に坊主岩の岩峰が現れる。


屋久島の石楠花は1300m以上の高さにしかなく、縄文杉界隈がその限界という。石楠花は南斜

面より北斜面に多いようにみえたが、全山石楠花で覆われており開花時期は見事であろう。

やや時期が早くそのはしりを楽しませてもらった。屋久島は花崗岩の一枚岩であるが、柔らかく

露岩は風化していろいろな形になっている。坊主岩はタマネギ崩落現象といわれ名のとおりの

坊主頭のような格好をした石である。このあたりは石楠花が淡いピンク色の花をつけていた。


坊主岩の岩峰をみながらふたつの展望台を過ぎると、間もなく新高塚小屋に着く。


2時45分である。木肌の美しい姫シャラの木立に囲まれた小屋であるが、清潔感にやや欠けて

いた。野外はウッドデッキできれいに整備され、水場も近くにある。淀川口から9時間の長丁場

であったが、よきガイドの案内で楽しい一日目を終える。夕飯はガイドが用意してくれた中華

丼、屋久島焼酎で腹を満たした。


 15日午前2時30分、トイレに起きると満天の星空が広がり暫し夜空に見惚れる。


果たして、快晴の朝を迎える。5時15分小屋を出発する。ひんやりとした森のなかを行くと、サク

ラ色したサクラツツジがあちこちに咲き、コマドリが馬のいななきのように「ヒヒーン」と鳴き、ミソ

サザイの美しい鳴声が響き渡る。6時30分縄文杉に到着する。




階段とウッドデッキは映像でお馴染みであるが、階段は急勾配でデッキは相当高いところにあ

る。今は根元に近づかないようになっている。数日雨がなかったらしく樹皮は白茶けていた。

油コブ木肌のねじり具合、枝の間に着生したヒカゲツツジやハイノキが花を付け森の主とばかり

に威風堂々と聳え立っている。樹高25.3m胸高周囲16.4m直径5.1mである。時々、サイレンが

鳴るような奇妙な鳴声がする。スワカアオバトという南方系の鳩の鳴声であるが、姿は中々みら

れないという。


 パン、ソーセージ、キュウリなどの朝食をとり7時20分出発する。




サクラツツジとハイノキの林のなかの木段をくだり大株歩道を行くと、両手をつないだ夫婦杉、

一番古いのではないかといわれる大王杉を経てウイルソン株に9時に着く。








中は空洞で清水がながれ空を見上げると枯れ口がハートの形にみえた。屋久島では2つの

ハートがある。もうひとつは鹿のおしりの白毛がハート形である。さらに下ると爺杉がありシキミ

とハイノキの林を急降下すると大株歩道とトロッコ道の分岐に出る。9時40分 標高940m。




 ハイノキは文字通り「灰の木」で灰は染料に使うことからこの名がついた。


トロッコ道はなだらかな下りで途中に 仁王杉や三代杉をみながら楠川分れの分岐を左に入る

と最後の登りになる。既に5時間以上歩いての登り、誰も寡黙である。植生が変わり密生してい

る。緑濃いシキミと姫シャラの林を約1時間あえぐと辻の岩屋を経て辻峠に12時着。昼食(五目

御飯)を取り希望者だけで太鼓岩に向かう。太鼓のような巨岩に上ると宮之浦岳がみえる筈で

あったが、天の配剤である。広角な視界に来し方の道程を確認する。


峠から楠川歩道を下ると白谷雲水峡である。屋久島で苔が一番美しい森で神秘的である。しか

し数日雨がなかったらしく苔が乾燥しきって緑が浅黄色で残念である。




山に入るときは晴れを望み、雲水峡では雨を望むとは勝手な欲望である。


白谷小屋の休憩所を経てくぐり杉を過ぎると急坂な下りになる。下り終えさつき吊橋を渡ると

石畳の歩道が続き本日の終着駅である白谷雲水峡の入口である。2時40分着。


 昨日の宮之浦岳、新高塚小屋での楽しい夕食、あこがれの屋久杉の古木との出会い、2日間

で17,8時間の山行、体はバリバリであるが、あこがれの屋久島を満喫できた。


 植物 ハイノキ、ヒカゲツツジ、シキミ 姫シャラ、ヤクシマミツバツツジ、石楠花

     サクラツツジ、ヤクシマショウジョウバカマ、アクシバモドキ、コバナヒメサカ  

     キ、馬酔木、コケスミレ、コバナカタバミ

 動物 ヤクシカ、ヤクサル、ミソサザイ、アオゲラ、スワカアオバト、コマドリ、ヤマガラ、ヒガラ


16日 屋久島最終日、快晴である。 日の出は関東地方と比べると約1時間以上遅い。ホテル

の前の安房川が朝日を受けた森の緑を映しこみ黒々と輝き大海に流れ込んでいる。


8時にホテルを貸切バスで出発する。メインは島の南西方面の千尋(せんぴろ)の滝と大川(おお

こ)の滝である。






屋久島は山また山で、八百八岳あるといわれるが誰も数えたことはない。山が海に落込んでい

る僅かな平野部に集落が点在している。道路や家の周りなどいたるところにブーゲンビリア、

ハイビスカス、野紺バラ、カンナ、デイゴなどの南洋系の花が咲き乱れ、バナナやパパイヤが

実っている。夏の気温は30度を越えるが風が通りエアコンは必要ないという。屋久島では「川、

河」を「ご」と呼ぶ。「の」を「ん」と呼ぶ 山の河公園は「やまんこ」公園と呼ぶ。面白いことであ

る。島の電気は屋久島電工という会社が水力発電しているが、豊富な電力と花崗岩を利用して

人工ダイヤモンド(炭化珪素?)を造っている。電気料が高いそうだがうなぎの養殖もしていたら

しい。


川は山からの流れ込みが急なうえに海までの距離が短いため塩水が混ざるので本土のような

川魚は棲めないという。ただうなぎは泥を這い落ち葉をくぐって大川の滝の上に遡上したことが

確認されているそうだ。海も川も透き通るような清冽な環境である。川には雨が多いことから

淀みがないため川虫が育ちにくく虫が少ないという。道理で山中にはくもの巣がなかった。


屋久島はいまでも成長しているという。千年で1m隆起し、87センチ収縮しているそうで、13セン

チの成長を肌で感じられたら凄い。



                         2010.5.13-16 クラブツーリズム 佐藤氏同行







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