大雪山・羅臼岳山行

~大空と大地の旅~

期間:2011年8月21日(日)~28日(日)



報告:渡辺

 8月21日(日)茨城空港を午前11時5分発の飛行機で新千歳に向かう。
新千歳には昨日、日立 を出発した観光組が我々の到着を首長くして待っていた。
夕張の花畑牧場の生 キャラメル工場を見学し、黄色いハンカチの撮影現場を目通りし、富良野、美瑛を経て大雪山のふところ天人峡温泉(天人閣)に 入る。途中、十勝連山を見やりながら、暮れなづむ美瑛のパッチワーク畑など広大な北海道の大地を胸に刻んだ。
 今回の旅は観光組と 山登り組に分かれる企画である。私は山組の参加であるので記録はそのところをとらえる。山行は大雪山の縦走・利尻岳・羅臼岳 の三座であるが、それぞれの体力と希望にあわせた組み合わせで、自分は、大雪山縦走と羅臼岳の二座である。

1.大雪山縦走
 8月22日 午前6時ロープウェイで旭岳駅から姿見駅へ。天気晴朗、朝の冷気が 心地よい。ガイドは69歳の仙人みたいな風貌・格好である。長靴に長い木の杖、聞くところ昨日層雲峡から黒岳~旭岳を超えて天人峡に 来たという。まさに仙人である。
 大町桂月は、大正10年大雪を縦走して「富士山に登って山岳の高さを語れ、大雪に 登って山岳の広さを語れ」といった。その片鱗が、姿見池の肩を登ると右手に十勝の山々が朝日を受けて黒々と浮かび、眼下にはダケ カンバの美しい森が延々と広がっている。
トムラウシと大地 地獄谷
姿見池駅から上は森林限界で樹木は一本もない。 所々チングルマの綿毛が夏風というよりは爽やかな初秋の風を受けてそよいでいる。ニセ金庫岩、金庫岩を経て8時50分頂上に着く。
ニセ金庫岩金庫岩 姿見池
頂上はドーム状でぐるっと360度の展望で爽快である。ここから向かう黒岳方面は 高原台地を見せている。旭岳の裏はガラ場の急な下りで所々雪渓が残っている。底部に幕営地がある。後旭岳を見送り熊ヶ岳を見やり 間宮岳分岐までゆるやかな登りとなる。イワブクロ、チシマシバサクラ、ウスユキトウヒレン、イワキキョウなどが癒してくれる。間 宮岳はどこがピークか分からない。
旭頂上から黒岳方面 イワキキョウ 笑う人面岩
間宮岳から中岳まではゆるやかな上り下りの繰り返 しが続き、11時50分中岳に到着する。右手に御鉢平が大きく口をあけ ている。20分 ほど進むと北鎮岳分岐に着く。一部は北鎮岳に向かいここで昼食となる。北鎮岳の左手に比布岳や鋸岳が緑の山容を見せている。
中岳ピーク 御鉢平 北鎮岳分岐
北鎮岳分岐からおおよそ40分ダラダラと下ると、御鉢平展望台に出る。大きな 火口原が広がっている。展望台を下りきると砂礫帯のゆるやかな登りとなり、あたり一面はチングルマの大草原で綿毛がそよそよと揺 らいでいる。雲の平とはよく言ったもんで雲の中を歩いているような気分である。
御鉢平展望台から雲の平 雲の平 チングルマの綿毛 エゾリンドウ
御鉢平展望台から雲の平を経て黒岳下の石室までか れこれ1時 間かかった。ここから黒岳までの上りはややきついが、エゾナキウサギがキュキュと鳴き姿みせてくれて一服感があった。石室から30分弱で黒岳のピークにたどり着く。旭岳から既に9時間が経過した。
黒岳石室 石室から黒岳を目指す 黒岳山頂
黒岳山頂を3時20分、層雲峡に向けて下りる。旭岳から黒岳まではハ イマツや笹原などの高原台地を辿ってきたが、黒岳からの下りは、一転してうっそうとしたダケカンバやナナカマドの林になる。斜面 には鮮やかな紫の色をつけたトリカブト、赤い実をつけたナナカマド、ミヤマハハコグサ、モイワソウなどの高山植物が残り少ない命 を燃やしている。
黒岳の下りは、長くてきつい。行けども黒岳7合目リフト駅は遠い。パンパンに張った足を引きづ り駅に着いたのは5時 ちょつと前、11時 間の長丁場の大雪山縦走であった。
石室から黒岳へ 黒岳山頂から来た道 層雲峡上の光彩
マキネ岩 旭岳を望む
姿見駅が1600㍍―旭岳2290㍍―間宮岳2185㍍―中岳2113㍍―北鎮岳分岐2140㍍―北鎮岳2244㍍―雲の平1940㍍―黒岳石室1895㍍―黒岳1984㍍―7合目リフト駅1510㍍
縦走距離12キロ、標高差約700メートル 歩行時間11時間

 人間は歩く動物と誰か偉い先生が言っていたが、 よく歩けるものだとつくづく思った。そして、大雪山の山岳風景を堪能し大町桂月の言っ ていた「広さ」を知った。 8月23日、層雲峡ホテル大雪を午前8時に出発し、銀河の滝と流星の滝を見学して一路稚内に向かう。豊浦町の大規模草地牧場レストハウスで分厚い ジンギスカン・牛乳を食した。豊富町からサロベツ原生花園を横切って日本海 に出た。家もないただ真っ直ぐな国道を左手に利尻富士を眺めながらノシャップ岬を回り、稚内からフェリーで利尻島鴛泊港に渡り、6時ごろ旅館田中家「ひなげし」に入る。
 利尻は何度来ても「食」がよい。魚よし、ウニよ し、献立よし。
8月24日、午前5時に山組は宿を出た。自分は1日自由なので宿の近くの利尻神社を参拝する。次に 港の近くのペシ岬を上り鴛泊の港を鳥瞰した。
 時雨音羽の足跡を訪ねたかったので沓形に足をの ばした。沓形港の小高い丘に「出船の港」記念碑があった。時雨は新湊の生まれで大蔵省時代にこの歌を作ったという。小学唱歌の「スキー」とか「君恋し」、多くの校歌をてがけたことで有名である。
 利尻島には会津藩士の墓石が八基ある。沓形に2基、本泊3基、鴛泊3基である。
文化5年ロシアの横暴に対し会津藩が国境警備に手を挙げ て1550余 名の藩士を北海道に派遣した。余りの寒さに水腫瘍に冒され多くの命が奪われたという。利尻の墓石は病死したものや帰りの船が難破 して島で落命した藩士を弔ったものという。
何見える?ペシ岬  礼文島を望む 展望台
鴛泊の市街 鴛泊港 会津藩士墓石解説板
沓形の墓石  本泊の墓石 鴛泊の墓石
 利 尻岳に登った一行は、約9時 間の山行で夕方4時 過ぎに帰還した。山頂は晴れていたが山腹に雲が張っていたので眺望はあまりよくなかったようだが、利尻の花を愛で、甘露泉水で霊気を頂き全員が満足感いっぱいのようだ。

 8月25日 鴛泊から稚内に渡り、宗谷岬で少々観光する。 震災の影響で観光客が少ないようだ。ラーメンの昼食の予定が弁当に変わり、車内での食事になる。ここからオホーツク海沿岸をひた すら知床に向かってバスを走らせる。正午に宗谷を出て知床の岩尾別温泉に到着したのは夜8時を回っていた。470キロの長旅である。観光組 はウトロに山組は岩尾別温泉ホテル「地の涯」に、羅臼岳の登山口である。ダケカンバの森に抱かれた温泉宿はここが地の果て知床だ といわんばかりの雰囲気いっぱいである。

2.羅臼岳
 8月26日 ホテルの周りをアマツバメが飛び回り、岩尾別 川がざわざわと音をたて早朝の静寂を打ち破っている。登山口の木下小屋をキツツキのドラミングに送られ5時に出発する。ガイドは髯もじゃの体躯のがっちり した青年である。知床の山はヒグマが多いことでも有名である。熊に出会ったときの対応のレクチャーをうけて長官山の裾をジグザグ に登る。北海道は道南の一部にブナがあるだけといい、羅臼の森は水楢とエゾマツの混生林である。鹿の食害でここ数年山の様子が一 変しているという。登山口から30分 ばかりでゆるやかな尾根に出る。10分も歩くと、急勾配になり開けてくるとオホーツク 展望台である。
木下小屋 色ついたナナカマド 長官山右裾を登る
展望台から網走方面  モイワシャジン ミミコーモリ
560メー トル岩峰に来ると植生が急に変わりハイマツとダケカンバの林が出てくる、しかしこの帯は短くまた元の樹林帯になる。なんとも不思議 である。さらに650メー トル岩峰が出て30分ばかり行くと湧水の弥三吉水になる。樹林はダケカンバが主になり、20分も行くと比較的平らな極楽平に出る。ナナカマド の実が色づき秋の風情を感じる。極楽平を抜けて、ジグザグを切って仙人坂を登ると銀冷水に出る。ここの水は飲めない。煮沸すれば 別という。羽衣峠を過ぎて大沢沿いに登るようになる。7月まで雪に埋まっているといい、雪が融け出すと百 花繚乱の花園となる。タカネトウウチソウ、イワキキョウ、エゾオヤマリンドウ、チシマクモマクサなど今を盛りに咲いている。白い イワキキョウを見つけた。
大沢登りは羅臼岳の爆発で、火砕流が流れた跡だけ に大きな火山礫がごろごろとしていて、中々骨が折れる。登りきると一面ハイマツの羅臼平になる。雲間に大きなどっしりとした羅臼岳が見える。左手には遠く国後島が見えた。
大沢入口とタカネトウウチソウ 大沢登り 三峰
タカネトウウチソウ チシマクモマクサ イワキキョウの群生
エゾオヤマリンドウ 白いイワキキョウ 羅臼平 木下翁リレーフ
 羅臼平広場は羅臼温泉コースと硫黄山コースからの合流点でもある。合流点を右に背の高いハイマツ林を登ると急勾配になり石清水の崖 に出る。この上は大きな石が重なり合う足場の悪い登りとなり、登りきると羅臼岳の山頂である。20人も乗れば満杯の小さな山頂部で高所恐怖症の自分 はケツの穴がぎゅっと締まる。雲が多く展望は悪かったが最果ての岩峰に登れた満足感でいっぱいである。往路を辿り木下小屋へ3時に戻る。
羅臼平から羅臼岳を望む 山頂 山頂部の火山礫

 8月27日 昨夜の川湯温泉第一ホテルを出て硫黄山に寄 り、摩周湖を観光する。
快晴で霧の摩周湖ではなかった。オンネトーから雌 阿寒岳や阿寒富士を眺める。
夕張から高速に乗り、帯広ICで豚丼を積む。日勝 峠を通り苫小牧からフェリーで大洗までの帰途につく。日勝峠は今年の10月に高速がつながるとトンネルを通ることになるの でつかの間の景観を楽しんだ。
 8日間(観光組は9日間)の長旅であったが、飛行機あり、バス旅あ り、船旅ありと盛りだくさんのスケジュールに疲れも感じなかった。
 日立電鉄山の会「晴優会」主催の今回の企画、幹事始め同行したドライバー、明朗快活な山縣ガイド、添乗員の心温まるお力添えに感謝する。
硫黄山 摩周湖 阿寒湖 アイヌ部落
オンネトー雌阿寒 阿寒富士 日勝峠から十勝平野 釜石沖の日の出 4時55分

日程 23年8月21日~28日 行きは茨城空港か ら 帰り苫小牧から船で大洗
観光組 日立―八戸 フェリー 苫小牧  新千歳 
飛行機  茨城空港―  新千歳 合流― 夕張―富良野・美瑛―天人峡(泊)
山組 天人峡―旭岳ロープウェイー姿見 駅-旭岳―黒岳―層雲峡(泊)
サロベツーノシャップ岬―稚内― 利尻・礼文(泊)―宗谷岬―猿払原野 紋別―サロマ湖―網走―ウトロー岩尾別温泉(泊)―川湯温泉(泊)-苫小牧―フェリー 大洗―茨城空港―日立南営 業所
走行距離―観光組2800キロ 山組-2100キロ 道央―道北―道東とほぼ北海道を1周したことになる。
旅費 13万5千円 山ガイド料 1座5千円
参加者 33名
企画 日立電鉄 晴優会
同行者 佐藤隆氏




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